Deep Dive
🔬 Deep Dive|Ordinalsを消すために、合意層に手を入れようとした。BIP-110は2ブロックで止まった
BIP-110 は Ordinals などの非金融データを合意層で締め出そうとし、2.53% の支持のまま強制シグナリングに入った。分岐したのは提案を実行する側で、そのチェーンは 2 ブロックで停止している。
8月8日、ビットコインのブロック961,632で、提案BIP-110が強制シグナリング期間に入った。支持を示したのは直前2,016ブロックのうち51、2.53%である。閾値は55%だった。そして分岐したのは多数派ではなく、提案を実行する側だった。そのチェーンは2ブロックを刻んで止まっている。この提案が消そうとしたのはOrdinalsをはじめとする非金融データであり、そのために動かそうとしたのはコンセンサスルールそのものだった。何が争われ、何が残ったのかを読み解く。
■ 1|標的はOrdinalsだった。そして争点は「方針」から「合意」へ上がった
BIP-110は「Reduced Data Temporary Softfork」という。取引に7つの新しい制限を加え、任意データの埋め込み余地を1年間だけ狭める提案である。
制限はバイト数で書かれているが、狙いははっきりしている。出力のスクリプトを34バイトに抑えるのはTaprootを使ったデータ格納を潰すため。OP_RETURNを83バイトに戻すのは、そこに載る任意データを絞るため。データプッシュとwitness要素を256バイトに、Taprootのannexとcontrol blockを257バイトに制限し、Tapscript内の一部オペコードの使用も止める。
標的として名前が挙がってきたのは、Ordinalsのインスクリプション、BRC-20トークン、Runesである。いずれもTaprootのwitness領域に画像やテキストやトークン定義を埋め込む手法で成立している。制限はその格納先を直接塞ぎにいっている。
ここで押さえておくべき前段がある。2025年、Bitcoin Core v30が、長く既定値だったOP_RETURNの中継上限を撤廃した。これは合意ルールの変更ではない。各ノードがどの取引を中継し、どれをブロックに入れるかという運用方針の変更である。ノードごとに設定を変えられる層の話だ。
BIP-110は、その反動として出てきた。ただし戻し方が違う。方針で緩んだものを、合意で締めにいった。方針は設定で変えられるが、合意ルールに反する取引は無効になる。
この違いが、後の全ての争点を決めている。制限は1年で自動的に外れる設計だが、その1年のあいだ、条件を満たさない取引はネットワーク上で無効として扱われる。
争われていたのはデータの是非ではなかった。どの層でそれを決めるのか、だった。
■ 2|2.53%は、閾値の20分の1だった
活性化の可否はビット4のシグナリングで測る。早期ロックインの閾値は2,016ブロック中1,109、つまり55%である。
直前の期間に支持を示したのは51ブロック。2.53%だった。
この数字は「僅差で届かなかった」ではない。閾値の20分の1に留まったということだ。合意形成に失敗したのではなく、そもそも合意が存在しなかった。
にもかかわらず、提案は次の段階に進む設計になっていた。強制シグナリング期間である。これは期待ではなく拒否で動く。この期間に入ると、BIP-110を実行するノードは、ビット4を立てていないブロックを無効なものとして扱う。
支持が集まらなくても前に進む経路が、最初から組み込まれていた。
■ 3|反対は、活性化のずっと前から積み上がっていた
このネットワークには、ルール変更の可否を決める投票機構が無い。だから決着は、採掘者のシグナリング、ノードの実行選択、そして経済的な重みを持つ主体の態度表明の総和として現れる。反対の表明は論評ではなく、決まり方そのものの一部である。
7月、マイケル・セイラー氏の率いるStrategyが「110 Reasons BIP 110 Is a Bad Idea」と題した文書を出した。中心にあるのは、この提案が現在は有効な取引を無効にしうるという指摘である。
Blockstreamのアダム・バック氏はさらに踏み込んだ。解決策が問題より悪い、という立場である。氏はこの提案を、価値保存手段および安全な決済ネットワークとしてのビットコインの信頼性に対する「攻撃」だと表現した。
バック氏の技術的な懸念は二つあった。ひとつは、既に使われているツールや、これから出てくる技術を壊しうること。制限はOrdinalsだけを選んで止められるわけではなく、BitVMや複雑なコベナンツといった、データ埋め込みとは別の目的で同じ領域を使う設計にも及ぶ。
もうひとつは、特定のUTXOを使用不能にしうること。つまり、既に存在する誰かの資金が動かせなくなる可能性である。この指摘は、後に別の形で現実になる。
両氏ともブロックチェーン上の無意味なデータそのものは批判している。それでも、合意ルールで取り締まる手段のほうが、取り締まる対象より大きなリスクを生むという判断だった。
反対は分岐後の後知恵ではなく、活性化の数ヶ月前から積み上がっていた。
■ 4|降りたのは拒否した側で、難易度がそこに閉じ込めた
8月8日、ブロック961,632。ハッシュパワーの約99.85%は、シグナルを立てないまま採掘を続けた。BIP-110を実行するノードは、そのほぼ全部を拒否した。
結果として、多数派が排除されたのではない。拒否した側が、自分たちだけのチェーンに移った。強制シグナリングは非協力的な採掘者を締め出す仕組みだったが、実際に締め出されたのはそれを実行した側である。
その分岐は961,633まで進んで止まった。以後、新しいブロックは刻まれていない。
ここに構造的な罠がある。分岐したチェーンは、分岐時点の難易度をそのまま引き継ぐ。そしてビットコインの難易度調整は2,016ブロックごとに行われ、961,632は2,016の477倍にあたる。難易度エポックの境界そのものだ。
分岐は、調整期間の入口ちょうどで起きた。次の調整に到達するには、フルに2,016ブロックを刻まなければならない。
報じられている残存ハッシュパワーは約0.15%。この比率が維持されると仮定して単純計算すると、1ブロックあたり約4.6日、2,016ブロックで約25年になる。予測ではなく桁の目安である。実際には961,633以降ブロックはゼロで、有効なハッシュパワーはこれを下回っている可能性が高い。
自力で難易度を下げる経路が無い。だから支持者の一部から、少数チェーンでプルーフ・オブ・ワークのアルゴリズム自体を差し替える案が出ている。技術的には、それがほぼ唯一の出口だからだ。ただし承認も実行もされていない。
停止は意志の問題ではなく、設計の帰結だった。
■ 5|分岐中に生まれたビットコインは、どこにも行けない
分岐したチェーンでも、ブロックを掘れば報酬が発生する。現在の補助金は1ブロックあたり3.125BTC。2ブロックで6.25BTCと手数料になる。
ただし、この報酬は動かせない。
コインベース取引で生まれたコインには、100ブロックの成熟期間がある。再編成が起きたときに存在しない資金が使われるのを防ぐための、古くからある規則だ。961,632で生まれた報酬が使えるようになるのは961,732に到達してからである。
分岐チェーンは961,633で止まっている。あと99ブロック必要だが、刻む見込みが立っていない。
つまりこのチェーンには、掘られたが受け取れない報酬が残っている。採掘者が少数チェーンに留まる経済的な理由が無いことも、ここから説明がつく。報酬が手に入らないなら、そこで掘る意味が無い。
そして前章で触れたバック氏の懸念を思い出したい。氏はこの提案が特定のUTXOを使用不能にしうると警告していた。実際に最初に使用不能になったのは、この提案を支持して掘られた報酬のほうだった。
分岐前から持っていたコインについては、別の問題がある。リプレイである。
分岐が起きると、保有者は両方のチェーンに同じ残高を持つ状態から始まる。そして今回の分岐には、リプレイ保護が組み込まれていない。片方のチェーンで送金するために署名した取引は、もう片方のチェーンでもそのまま有効になりうる。分岐チェーンのコインを売るつもりで署名した取引が、メインチェーンでも実行され、同じ宛先に本物のBTCが渡る、という経路が開いている。開発者のケビン・ロアック氏が警告したのはこの点である。
しかも制限が完全に効きはじめるのはブロック965,664、提案文書の記載で概ね9月1日とされる。それまでは両チェーンが同じ取引を受け入れるため、この経路は塞がらない。安全に分けるには、片方のチェーンにしか存在しないコインを意図的に作ってから動かす必要がある。
取引所が保護の無いフォークへの対応を先送りしてきたのは、こうした事情による。
分岐は2ブロックで止まったが、残したものは残高表示だけではなかった。
■ 6|番号が、ルールより先に争点になった
この提案には、番号が二つある。
最初に流通したのはBIP-444という呼称だった。ただしこれは正式に割り当てられたものではない。誰かが言い出したものが定着した、という程度の経緯である。後に、bitcoin/bipsリポジトリへのプルリクエストを経て、正式にBIP-110となった。
提案文書に記載された作者名は「Dathon Ohm」で、これは実名ではない。
8月9日、BIPエディタのマーク・アーハート氏が、同じくBIPエディタであるルーク・ダッシュジュニア氏の解任を開発メーリングリストに提起した。理由として挙げられたのは、まさにこの番号の付き方である。メーリングリストでの議論を経る前にX上でBIP番号を割り当てようとしたこと、関連するプルリクエストを開設から数分でマージしたこと。加えて、エディタ間の信頼と調整の問題。
BIP番号は、提案が正式なものとして扱われるための入口である。決定機構を持たないネットワークにおいて、これは数少ない制度的な資源だ。誰がその入口を管理するかが、そのまま何が議題になるかを決める。
だから今回、コンセンサスルールの是非が決着する前に、番号の付き方のほうが先に争点になった。提案の中身が問われる前に、提案が提案として認められる手続きが問われた。
8月10日時点で、解任は成立していない。プルリクエストは開いたままで、規定文書には従来どおり両氏が並んでいる。
手続き層にも決着装置は無く、結論はやはり事後的にしか現れない。
■ 結語
BIP-110の状態は「Closed」になった。
ただし、この提案が扱おうとした問題は残っている。ブロックチェーンに金銭以外のデータをどこまで載せるか。ブロックスペースの使われ方をルールで縛るのか、手数料に委ねるのか。Core v30が方針を緩めた地点から、何も動いていない。
しかも、制限が効く前から回避手段は見つかっていたと指摘されている。仮に活性化していたとしても、狙った効果が出たかどうかは別の問題だった。
ルールは変わらなかった。これは「変えるべきでなかった」という判断が下されたことを意味しない。支持が集まらないまま合意層を動かす、という手段が退けられた。今回はっきりしたのは、そこまでである。
■ 次に見るもの
【1】ブロック963,648(2,016の478倍、8月23日前後)— 設計上ロックインが確定するとされる高さ。実行ノードの挙動が変わるか
【2】ブロック965,664(479倍、概ね9月1日)— 制限が完全に効きはじめる高さ。リプレイの経路が塞がるのはここから
【3】少数チェーンが961,634を刻むか。刻まないまま推移するなら、6.25BTC分の報酬は受け取り手のないまま残る
【4】ダッシュジュニア氏の解任提起が、承認・却下・立ち消えのどれに向かうか
【5】プルーフ・オブ・ワーク変更が、議論から具体的な提案へ進むか
【6】任意データの扱いについて、合意層以外の経路で新しい提案が出るか
■ 編集メモ
メインチェーンのブロック高961,932は、8月11日午前8時30分(日本時間)時点でブロックエクスプローラから取得した実測値である。少数チェーンの961,633は複数媒体の報道が一致した値で、BIP-110を実行するノードから直接確認したものではない。両者の差299ブロックは、この2つから算出している。いずれもメインチェーン側は時間とともに増えるため、本稿の数値は上記時点のものとして読まれたい。
補助金3.125BTCは半減期の位置から、成熟に必要な961,732は100ブロック規則から、それぞれ算出した。約25年という試算は、報じられたハッシュパワー比が維持された場合の単純計算であり、予測ではない。
BIP-444という呼称を誰が最初に使ったかについては、出典自身が断定を避けている。またダッシュジュニア氏が提案文書の起草に関与したかどうかについても、確認できる一次情報が得られなかったため、本稿では書いていない。解任提起で争われているのは番号の割り当て方であり、起草の有無ではない。
■ 一次ソース
- BIP-110 提案文書(bitcoin/bips)
- BIP-110 解説サイト(デプロイメント諸元)
- A Layman's Guide to BIP-110(Jameson Lopp氏による技術解説)
- 110 Reasons BIP 110 Is a Bad Idea(Strategy)
- アダム・バック氏の反対表明(Cointelegraph)
- リプレイ経路についての開発者の警告(CoinDesk・2026年8月8日)
- 強制シグナリング開始時点の採掘者支持率(CoinDesk・2026年8月7日)
- 少数チェーンが2ブロックで停止(CoinDesk・2026年8月9日)
- BIPエディタ解任の提起(Crypto Briefing・2026年8月)
- 解任提起の詳細と8月10日時点の状況(Crypto Times・2026年8月10日)