Map of the Next Era
次の時代の地図 #24:後から読む確認から、中身を見せずに示す証明へ
米 OCC が10月21日に GENIUS 法の最終規則を出し、ステーブルコインの準備金は毎月の公表と会計事務所の検査が求められる段階に入った。だが毎月の報告は締めた後に来る。 BIS の Project Mandala は規制をコードに写して守ったことを中身を見せずに証明し、Project Agorá は7月に預金と中央銀行のお金を同じ台帳で30件動かした。 AI の記録義務、見えにくいノンバンクの借金まで、確かめる仕組みが組織とお金の側で常時の証明へ移る地図と、その明暗を描く。

米通貨監督庁 (OCC) は10月21日、ステーブルコインを規律する米国の GENIUS 法を実施する最終規則を公表し、法と規則は2027年1月18日に効力を持つ。発行体は準備金の中身を毎月公表し外部の会計事務所の確認を受けるが、その確認は締めた後に届く書類を読む形のままである。
国境をまたぐ取引では、国際決済銀行 (BIS) の実験が、規制をコードに写し、守ったことを中身を見せずに相手へ示す仕組みを第2段階に進めた。預金と中央銀行のお金を同じ台帳で動かす別の実験は、今年7月に実際の資金で30件の取引を通した。確かめる対象そのものが、読みに行ける台帳の上に乗り始めている。
確かめる仕組みは、提出された書類を後から読む形から、中身を見せずに、いつでも正しさを証明する形へ移り始めた。前号までの地図では、個人が事業者に預けていた写しを減らし、条件だけを示す側へ動いた。本号は、その向きが事業者・お金・AI の側に及ぶ地図である。
次の確認は三つの部品でできる。AI が休まず見張ること、中身を見せずに正しさを証明すること、そして人間が最後に判断すること。ただし新しい問いも生まれる。証明は正しくても、証明の前提、つまり規制をコードに写した翻訳と、そこへ入れたデータは、誰が確かめるのか。
前号 #23 は、攻める側の値段が下がり、持たないことと見せずに確かめることが合理的な出口になる動きを描いた。本号は、同じ出口を、証明する側に立つ組織とお金が使い始める地図である。
毎月の報告でも、確認は締めた後に来る
2022年秋、海外の大手の暗号資産交換業者が破綻し、利用者の資産は手元にあるという説明と実態が食い違っていたことが明るみに出た。その後、各地の交換業者が、保有する資産を示す「準備金の証明」を相次いで公表した。
この報告書には限界も指摘された。米国で上場企業の監査を監督する公開会社会計監視委員会 (PCAOB) の投資家保護の担当部署は2023年3月、準備金の証明は監査ではなく、投資家に意味のある保証を与えないと注意を促した。法律事務所の解説によれば、その手続きは交換業者の負債をおそらく扱っておらず、資産で利用者の引き出しに応じられるかまでは示せない。資産の側は数えられても、負債の側は見えにくい。
制度の側は、報告の頻度と責任の重さを引き上げた。2025年7月18日に成立した GENIUS 法は、発行体に、流通しているステーブルコインの総数と準備金の額・構成を毎月ウェブサイトで公表するよう求める。毎月の報告は登録された公認会計事務所の検査を受け、最高経営責任者と最高財務責任者がその正確さを当局に証明する。故意に偽りの証明をすれば刑事罰の対象になる。
実施規則は当局ごとに進む。OCC は10月21日に、準備資産、償還、保管、資本、申請などを定める最終規則を出した。マネーロンダリング対策と制裁の規則は、財務省と別の規則で定める。連邦預金保険公社 (FDIC) は4月に自らの規則案を示した段階にある。
EU の暗号資産市場規則 (MiCA) は、資産に連動するトークンの発行体に、準備資産を常に保ち、発行体の財産から法的に分け、6か月ごとに独立した監査を受けるよう求める。日本は2022年の資金決済法の改正で、法定通貨と価値が連動するステーブルコインを「電子決済手段」と位置づけ、発行を銀行、資金移動業者、信託の仕組みを使う発行者に限る枠組みを作った。
どれも、確認を厚くする方向の制度である。それでも、毎月の報告は月末の姿を後から写したものだ。報告の頻度を上げても、確認は締めた後に来る。破綻は締めと締めの間に起きる。
中身を見せずに証明できること — BIS の Project Mandala
ゼロ知識証明は、ある主張が正しいことを、その根拠になったデータを渡さずに相手へ納得させる技術である。仕組みの細部より、何が証明できるようになるかのほうが地図には要る。
たとえば、準備金が発行量以上あること。個々の預け先や残高の内訳を見せずに、合計が基準を上回っていることだけを示す。すべての取引に制裁の審査を通したこと。誰と誰が取引したかを渡さずに、審査の手続きを一件も飛ばしていないことを示す。自己資本の比率が基準以上であること。帳簿の中身を開かずに、比率の条件を満たしていることを示す。
この考え方を規制の現場で試しているのが、BIS Innovation Hub のシンガポール拠点が進める Project Mandala である。国ごとに違う規制をルールエンジンでコードに写し、取引の前に必要な確認を自動で済ませる。確認が終わると、証明エンジンが規制を守ったことの証明を作り、送金の指図や決済に使う資産に添える。相手は、顧客の情報を見ずにその証明を確かめられる。
第1段階は、2023年11月に越境の融資、2024年5月に越境の資本投資を題材に、制裁の審査や資本移動の管理、当局への報告を組み込んで試し、2024年10月に最終報告をまとめた。この段階では、ゼロ知識証明や、複数の当事者がデータを見せ合わずに計算する技術を、情報を守る手段として使った。BIS は2025年11月に第2段階を公表し、効果を実証的に測ること、用途を広げること、デジタル資産での規制対応をプログラムで組み込むことを目標に置いた。
本人確認や年齢確認で同じ考え方が実装の段階に入ったことは 前々号 #22 で書いたが、Mandala では、それが規制を守る側の組織にまで届き始めている。
ここで、確かめる対象が移る。証明そのものは数学で正しさを保てる。では、規制をコードに写した翻訳は正しいか。証明に入れたデータは、本当に帳簿や取引の実態と一致しているか。条文を読み違えたルールエンジンは、正しく動いたまま、間違った規制を守ったことを証明し続ける。
確かめる対象が台帳に乗る — トークン化預金とステーブルコイン
台帳に乗るお金には、二つの系統がある。
一つはステーブルコインである。GENIUS 法の下で、発行体は準備金を分けて持ち、償還に備える。ステーブルコインは米国政府の信用で裏付けられず、連邦の預金保険の対象でもない。法は、預金をステーブルコインの定義から外し、発行体が保有者に利息や利回りを払うことも禁じた。
もう一つはトークン化預金である。銀行が発行する預金を、台帳の上で動く形にしたものだ。FDIC のヒル議長は4月7日、規則案で、トークン化された形の預金も連邦預金保険法上の預金のままであることを規則として再確認すると述べた。預金である以上、預金保険の枠組みにあり、利息も付けられる。
この二つを、中央銀行のお金と同じ台帳に乗せる実験が、BIS の Project Agorá である。商業銀行の預金と中央銀行の準備を一つの共有の基盤に記録し、複数の通貨にまたがる越境の支払いをまとめて決済できるかを試す。8つの中央銀行と40を超える金融機関が加わる。
2026年7月には、実際の資金を使う試験を行った。アジア、欧州、北米の28の金融機関と中央銀行が、複数の通貨で合計約80万スイスフラン、17の場面で計30件の取引を処理した。支払いを始めてから決済が終わるまでの時間は、平均で約80秒だった。
日本では、JPYC が2025年10月27日に資金移動業者として円建てのステーブルコインの発行を始めたと報じられ、三菱UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行は10月16日、3行が共同で委託者となる信託の仕組みでステーブルコインを発行し、三菱商事の国内と海外の拠点の間の決済に使う実証を7月17日から23日にかけて行ったと発表した。暗号資産の取引を資金決済法から金融商品取引法へ移す改正法は7月15日に成立し、原則として公布から1年以内に政令で定める日に施行される。
お金が24時間動く台帳に乗ると、確認は提出を待つものから、読みに行くものへ変わる。月末の報告を待たなくても、残高と動きは台帳の上にある。
同じ事実には、もう一つの面がある。台帳の上では、お金が逃げる速さも上がる。不安が広がったとき、償還や引き出しの請求は営業時間を待たずに、台帳の速さで重なる。確認が速くなることと、逃げるのも速くなることは、同じ台帳の上で同時に起きる。
AI が見張り、AI も見張られる
確かめる側が AI を使い始めると、確認の核心が一段ずれる。AI は大量の取引や記録を休まずに読み、怪しい動きに印を付けられる。そのとき問われるのは、AI の所見をどう信じるかである。所見には、どのデータのどの部分を根拠にしたかという出典と、どう検証したかの跡が要る。証拠の鎖が残っていない所見は、人間が最後に判断する材料にならない。
確かめられる側でも AI が動く。作業や支払いを任される AI エージェントが増えれば、その AI が何をしたかを後から追える記録が要る。
EU の AI 法は、高リスクの AI システムに、使われる期間を通じて出来事を自動で記録 (ログ) できるよう技術的に備えることを求めている。記録は、リスクを生みうる状況を見つけること、市場に出た後の監視、運用の監視に役立つものでなければならない。この高リスクの義務の適用は、EU 理事会が6月29日に最終承認し、7月に官報に載った改正で延びた。単体の高リスク AI は2027年12月2日、製品に組み込まれるものは2028年8月2日からである。
書けるのは、AI が監査する、AI が判断する、という話ではない。確かめる側も確かめられる側も AI を使う前提に立つと、何を記録し、何を証明として残すかの設計が変わる、というところまでである。
見える借金と、見えにくい借金 — 透明性は市場の作りで決まる
確かめにくさは、暗号資産の外にもある。
金融安定理事会 (FSB) は2025年7月9日、銀行以外の金融仲介、つまりノンバンクのレバレッジについての最終報告を出した。対象は、ヘッジファンドなどのレバレッジを使う投資ファンド、年金基金、保険会社で、資金を貸す側の銀行や証券会社も含む。
報告は、2020年3月の米国債市場の混乱を例に引く。変動が大きくなると、米国債先物の証拠金と国債レポの借入金利が上がり、現物と先物の価格差を狙う取引の一部が巻き戻された。中央で清算されない国債レポでは、ほぼゼロの担保掛け目 (ヘアカット) で資金を借りる例があり、資金の貸し手も、顧客が全体でどれだけのポジションを持っているかを十分に見られていなかった。
勧告は、当局にリスクを見つけて監視する国内の枠組みを持たせ、データの課題に取り組み、公開される開示の細かさ、頻度、速さを見直すよう求める。中核の市場では、証拠金や担保掛け目の最低基準、中央清算などの措置から、リスクに見合うものを選ぶ。
ただし、FSB の活動は拘束力を持たない。報告は、協議に寄せられた意見を受けて、ノンバンクが多様であること、分野によってはレバレッジが限られていること、レバレッジを使う取引がヘッジや市場の流動性を支える面もあることを認め、当局が国ごとの事情に合わせて措置を選べる余地を残した。問題の核は、全体像が見えにくいことにある。
対照として、公開の台帳の上で注文と決済を処理する無期限先物の市場がある。そこでは、建玉、資金調達率、清算の記録が、台帳を読める人なら誰にでも見える。
見えることと、安全であることは同じではない。見えていても、レバレッジが積み上がれば清算は連鎖する。それでも、どこにどれだけの借金があるかを、外の人間が報告を待たずに読めるかどうかは、市場がどんな作りの上に乗っているかで決まる。規制の強弱と並んで、市場の作りが透明性を左右する。
この地図の明るい側と暗い側
ここからは見通しの話になる。確かめる仕組みが、後から読む形から常時の証明へ移る世界は、二つの方向へ進みうる。
明るい側から書く。
一つ目は、確認が速く、安く、秘密を守ったまま行えることである。準備金が発行量以上あることを、内訳を見せずにいつでも示せれば、月末の報告を待つ必要は薄れる。取引の相手を明かさずに、審査を通したことだけを相手の国の銀行に示せれば、越境の取引で同じ書類を何度も出し直す手間が減る。
二つ目は、小さな事業者ほど書類づくりの負担が軽くなることである。規制がコードとして共有されれば、国ごとの規制を読み解く専門の部署を持たない事業者でも、同じルールエンジンを通して確認を済ませられる。確認の費用が、規模に関係なく下がる。
三つ目は、破綻や不正が、後から見つかるものから、起きた瞬間に見えるものへ近づくことである。準備金が足りなくなった時点で証明が出せなくなれば、利用者は次の月末を待たずに異変を知る。締めと締めの間に起きていたことが、間に起きた時点で表に出る。
次に暗い側を書く。
一つ目は、証明の担い手が少数の事業者と国に寄ることである。ルールをコードに写す作業と、証明を作って確かめる基盤は、作れる組織が限られる。多くの国と金融機関が同じ基盤を使えば、その基盤を誰が作り、誰が更新するかが、確認そのものの力になる。
二つ目は、ルールの翻訳の誤りが、紙の時代の誤りと違って一斉に効くことである。紙の審査では、担当者ごとの読み違いは散らばって起きた。同じルールエンジンを多くの取引が通れば、一つの読み違いが、すべての取引で同時に、正しい証明つきで通る。
三つ目は、AI の所見を疑う力が、確かめる側から失われることである。AI の所見が正しいことが続けば、人間は根拠をたどらなくなる。最後に判断するはずの人間が、所見をそのまま受け取るだけになれば、確認は自動で合格を出す仕組みに変わる。
四つ目は、対応の費用を払える大手と、払えない小さな事業者の差が開くことである。常時の証明、AI の記録、証拠の鎖は、最初に作る費用がかかる。明るい側で書いた負担の軽さは、共有の基盤が安く使えるときにだけ届く。そうでなければ、新しい確認の仕組みは、それを作れる大手の参入の壁になる。
明るい側と暗い側は、どちらか一方だけが来るものではない。確認が速くなる一方で、確認を担う基盤が少数に寄る。書類の負担が軽くなる一方で、翻訳の誤りが一斉に効く。どちらへ傾くかは、次の章に置く観測点で確かめられる。
この読みが崩れる条件、次に見るもの
崩れる条件は三つある。
ひとつ。毎月の報告と外部の確認で信頼が十分に保たれる場合。GENIUS 法の下で毎月の報告と会計事務所の検査が回り、締めと締めの間の破綻が起きなければ、常時の証明へ進む動機は生まれにくい。
ふたつ。Mandala と Agorá が実験の段階で止まる場合。第2段階や実際の資金での試験の後に、本番の運用や参加の広がりへ進まなければ、規制をコードに写して証明する仕組みは、検証済みの選択肢のまま置かれる。
みっつ。証明の仕組みが、法令の保存義務と両立しない場合。当局や監査人が、証明ではなく元の記録の写しを求め続ければ、結局は写しを持つ設計に戻る。中身を見せない証明と、中身を保存させる法の要求がどう折り合うかが、ここを分ける。
次に見るものは、日付のあるものから置く。
2027年1月18日、GENIUS 法と OCC の最終規則が効力を持つ。それまでに、FDIC、連邦準備制度理事会、財務省の規則がどこまで確定するかを、各当局の発表ページで見る。毎月の報告の様式と検査の基準が、後から読む確認をどこまで細かくするかがここで決まる。
暗号資産の金融商品取引法への移行は、公布から1年以内に政令で施行日が定まる。金融庁が出す政令と内閣府令の案で、施行日と、情報の公表の規則がどの粒度になるかを見る。
2027年12月2日、EU の AI 法で単体の高リスク AI の義務が始まる。それに向けて欧州委員会が出すガイドラインで、ログの記録がどの粒度まで求められるかを、AI Act Service Desk で見る。
日付の無いものは、次の公表として置く。BIS Innovation Hub の Project Mandala と Project Agorá のプロジェクトページに載る次の報告で、第2段階の評価の結果と、実際の資金での試験の次の段階が示されるか。ここで、規制をコードに写した証明が、実験から運用へ移るかどうかが見える。
前号で見たのは、攻める側の値段が下がり、持たないことと見せずに確かめることが合理的な出口になる動きだった。今週見たのは、同じ出口を、証明する側に立つ組織とお金が使い始める動きである。
🔗 一次ソース
- 米国 GENIUS 法(Public Law 119-27・2025年7月18日成立・第4条 準備金の毎月の公表と検査・証明)govinfo.gov
米通貨監督庁(OCC) GENIUS 法を実施する最終規則(2026年10月21日・効力発生は2027年1月18日)OCC.gov
米連邦預金保険公社(FDIC) ヒル議長の声明 GENIUS 法の実施に向けた規則案(2026年4月7日)fdic.gov- ESMA EU 暗号資産市場規則(MiCA)第36条 準備資産の保持・分別・6か月ごとの独立監査esma.europa.eu
- 金融庁 資金決済法等の改正 説明資料(2022年3月)fsa.go.jp
BIS Innovation Hub Project MandalaBank for International Settlements
BIS Innovation Hub Project Agorá(2026年7月の実際の資金での試験)Bank for International Settlements- 三菱UFJ銀行・みずほ銀行・三井住友銀行ほか 複数銀行によるステーブルコイン共同発行およびクロスボーダー決済高度化に関する実証実験を実施(2026年10月16日)bk.mufg.jp
- 金融庁 第221回国会 提出法律案(金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律・2026年7月15日成立)
- 金融庁 金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案要綱(施行期日)
- AI Act Service Desk EU AI 法 第12条 記録の保存
- EU 理事会 AI 法の簡素化を最終承認(2026年6月29日・高リスク AI の適用日)
- 金融安定理事会(FSB) Leverage in Nonbank Financial Intermediation: Final report(2025年7月9日)
- DLA Piper PCAOB による準備金の証明の報告書への注意喚起の解説(2023年3月)
- Impress Watch 円建てステーブルコイン JPYC 発行開始(2025年10月28日)
- 次の時代の地図 #23(前号)
- 次の時代の地図 #22