Deep Dive
税率は3月に決まっていた——暗号資産立法で日本が使った「条件付きの予約」
7月15日、参議院本会議で改正金融商品取引法が成立した。暗号資産は資金決済法の「決済手段」から、金商法の「金融商品」へ移る。株式やデリバティブと同じ棚に並ぶ。だが、この日に決まったものはほとんどない。報じられた20%課税は、3月31日に成立していた別の法律に既に書かれていた。7月15日は、その発動条件が一つ満たされた日にすぎない。しかも公布はまだで、施行の時計は動き出していない。「20%」と「ETF解禁」が実際にはどこまで確定し、どこから未確定なのか。そして日本はなぜ、税を先に、制度を後に通したのか。順に解剖する。
■ 税率は、3月31日に先に通っていた
暗号資産の申告分離課税は、今回成立した金商法改正には入っていない。
税率を書いたのは「所得税法等の一部を改正する法律」で、これは2026年3月31日に既に成立し、同日公布されている。7月15日より3か月半早い。
ただし、この税法には条件が付いている。金商法改正の成立・施行を前提として、暗号資産取引の所得を分離課税の対象とする、という構造だ。3月31日の時点で税率は決まっていたが、発動しなかった。その条件のうち「成立」が満たされたのが7月15日である。
順序が逆に見える。通常は制度を作ってから税を決める。今回は税を先に通し、制度を後から追いかけさせた。
これは日本の立法カレンダーの構造から来ている。税制改正は年度単位で動く。前年末の大綱を受けて、年度内すなわち3月末までに所得税法等改正を成立させる。一方、金商法改正は通常国会の会期に乗る。両者のスケジュールは噛み合わず、同じ年度内に「制度→税」の順で通すことは難しい。
だから税を先に、条件付きで通して待たせた。7月15日は減税が決まった日ではない。3月31日に予約された減税の条件が、一つ満たされた日である。では、残りの条件は何か。
■ 動き出していない時計
法律には成立・公布・施行の三段階がある。7月15日に済んだのは、最初の一つだけだ。
参議院の議案情報を見ると、本稿の時点で公布年月日は空欄のままで、法律番号も付番されていない。成立から公布までは通常1〜2週間で、間もなく官報に載るとみられるが、まだである。
これが効くのは、この法律の施行期日がすべて「公布の日」から起算されるからだ。
暗号資産関連の規定は、公布から1年以内に施行される。2027年中とみられる。ただし例外が一つあり、無登録業者への罰則強化だけは公布から20日後に先行して施行される。
そして課税だ。改正所得税法は、金商法改正が施行された翌年の1月1日以降の譲渡から分離課税を適用する。2027年中に施行されれば、2028年1月1日からとなる。
つまり税率が実際に投資家に届くまでには、公布・施行・翌年1月1日という三段階が残っている。7月15日は、その手前にある。「2027年施行」も「2028年課税」も、現時点ではいずれも見込みだ。起算点である公布日が、まだ確定していない。
■ 「20%」が届く相手は、狭い
まず数字が違う。20%ではなく20.315%である。所得税15%に復興特別所得税が乗り、住民税5%が加わる。上場株式と同じ扱いになるのだから当然だが、「20%」という表記は正確ではない。
範囲はもっと重要だ。分離課税の対象は「特定暗号資産」の譲渡と、それに連動するデリバティブおよびETFに限られる。ここから外れる取引は、従来通り総合課税のままである。
外れるものを挙げると、輪郭が見える。
・海外取引所での取引
・分散型取引所での取引
・個人間の相対取引
・マイニングで得た所得
これらは20.315%の外にある。
損益通算にも制限がある。損失の繰越は3年間認められるが、通算できるのは特定暗号資産の枠内だけだ。上場株式等との通算はできない。株と同じ棚に並んだが、株と混ぜることはできない。
「日本の暗号資産税制が20%になる」は不正確で、「国内の登録業者を通じた特定暗号資産の取引が20.315%になる」が実態に近い。では、なぜここまで範囲を絞ったのか。
■ これは暗号資産だけの法律ではない
法律の正式名称は「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律」。暗号資産という語は、入っていない。
この改正は四本柱で構成されている。
・暗号資産に係る規制の見直し
・企業のサステナビリティ情報の開示・保証
・スタートアップ企業への資金供給の促進
・有価証券に関する不公正取引規制等の見直し
暗号資産を扱う媒体が報じたのは、このうち最初の一本だけだ。だが法案の設計を見ると、暗号資産は独立した新制度として作られたのではなく、既存の資本市場法制に編入されている。
編入されたことの意味は、条文に表れる。インサイダー取引規制が新設され、特定暗号資産について、発行者・業者・大量保有者の役職員や株主、そこから情報を受け取った者が規制対象になる。罰則は5年以下の拘禁または500万円以下の罰金。株式のインサイダー規制の構造を、そのまま持ってきた形だ。
開示規制も入る。発行者がいる「特定暗号資産」とそれ以外を分け、発行時の情報開示と年1回の定期開示、重要事象の臨時報告を課す。原則として財務監査も求められ、少額の資金調達には免除がある。
無登録業者への罰則は、拘禁3年から10年へ、罰金300万円から1000万円へ引き上げられた。
範囲が絞られた理由も、ここにある。既存の資本市場法制に編入する以上、発行者がいて、開示があり、監督が届く対象しか、同じ棚には乗せられない。分散型取引所や海外取引所が20.315%の外にあるのは、税の問題ではなく、制度が届かないからだ。
暗号資産は新しい制度を与えられたのではない。既存の資本市場法制に編入された。優遇の範囲は、監督の範囲と一致している。
■ 予約された税率は、本当に届くのか
ここまでの構造には、弱点がある。
第一に、施行期日は政令に委ねられている。「公布から1年以内」は上限であって、確定した日付ではない。2027年中とみられるが、政令が定まるまで確定しない。施行が2028年にずれれば、分離課税の適用は2029年1月まで動く。
第二に、2028年1月まで1年半以上ある。その間に税制改正大綱は2回組まれる。既に成立した法律を後から上書きすることは制度上可能で、条件付きで予約された税率がその通り履行される保証はない。
第三に、ETFだ。今回の成立を「ETF解禁」と伝える報道があるが、この法律はETFを直接解禁していない。暗号資産を投資信託の組入資産として認めるには、投資信託及び投資法人に関する法律の側で制度整備が別途必要になる。今回の改正はその前提を作ったにとどまり、「道を開いた」という表現が実態に近い。
反対側の論理も置いておく。改正所得税法は既に成立・公布済みであり、閣議決定や大綱と違って、覆すには新たな立法が要る。政治的な後戻りコストは高い。条件が成就すれば自動的に発動する設計であることは、むしろ予見可能性を高めている、という見方は成り立つ。
予約された税率は自動発動する設計だが、発動時期は政令に委ねられ、上書きの余地も残る。
▶ 何を見るか
【1】官報での公布日と法律番号。この法律のすべての施行期日の起算点になる。無登録業者への罰則強化は、ここから20日後に動く
【2】施行期日を定める政令。2027年のどこかが確定する。ここがずれれば、課税適用も1年動く
【3】投資信託及び投資法人に関する法律の側の制度整備。ETFの可否は、この法律ではなく、ここで決まる
【4】「特定暗号資産」の範囲を定める内閣府令。20.315%が届く相手の輪郭が、ここで確定する
制度が技術に追いつけないとき、立法は「先に決めて待つ」という手を使う。3月31日に税率を通し、7月15日にその条件を一つ満たし、公布を待ち、政令を待ち、2028年1月を待つ。この五段構えは、遅さの証拠にも見えるし、動きの速い対象に制度を噛ませるための工夫にも見える。どちらであるかは、公布日が官報に載る日から数えて確かめられる。7月15日に決まったのは、その起点だけだ。
編集メモ: 公布年月日および法律番号は、参議院議案情報において本稿の時点で未確定であり、官報掲載を確認できていない。施行期日・課税適用開始日はいずれも公布日を起算点とする見込みであり、確定値ではない。2028年1月1日の課税適用開始は、金商法改正が2027年中に施行された場合の見込みで、施行期日を定める政令は未確認。「特定暗号資産」の具体的範囲は内閣府令に委任される部分があり、本稿の時点で確定していない。
一次ソース: 参議院 議案情報「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案」(提出・両院議決日・公布欄) https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/221/meisai/m221080221057.htm 金融庁「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案」説明資料(2026年4月・四本柱) https://www.fsa.go.jp/common/diet/221/02/03.pdf 金融庁 国会提出法案等 https://www.fsa.go.jp/common/diet/index.html 内閣法制局「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案」 https://www.clb.go.jp/recent-laws/diet_bill/detail/id=5291 NHK「暗号資産を『金融商品』に位置づける改正金融商品取引法が成立」(7月15日成立) https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015177471000 長島・大野・常松法律事務所「暗号資産に係る規制・税制の改正の内容(1)」(改正所得税法3月31日成立・条件付き構造・施行期日) https://www.nagashima.com/publications/publication20260424-1/ 長島・大野・常松法律事務所「暗号資産に係る規制・税制の改正の内容(5)——令和8年度税制改正」 https://www.nagashima.com/publications/publication20260605-1/ 創・佐藤法律事務所「2026年金商法等改正案に基づく暗号資産に係る規制の見直しの概要と実務への影響」(インサイダー・開示・罰則・20日後先行施行) https://innovationlaw.jp/wp-content/uploads/2026/05/%E9%87%91%E5%95%86%E6%B3%95_260428.pdf 大和総研「令和8年金商法等改正法案 スタートアップ企業への資金供給の促進に関する改正案」 https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/securities/20260430_025739.html
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