Deep Dive
🔬 Deep Dive|GENIUS法が名指したのは発行体だけだ——銀行がCLARITY法404条で塞ごうとする利回りは、条文の外側で売られている
銀行団体はCLARITY法404条の厳格化を求めている。だがGENIUS法の利息禁止は発行体を名宛人にした規定であり、預金と競合する利回りは発行体からは出ていない。条文の宛名と資金の経路がずれたまま、法案は採決されずに休会へ入った。
米上院は8月8日、市場構造法案である CLARITY 法を本会議で採決しないまま休会に入った。再開は9月14日。法案を止めているのは市場構造そのものの論点ではなく、ステーブルコインの利回りをどこまで禁じるかという一点だ。
この対立には、ねじれがある。銀行団体が条文で塞ごうとしている行為は、条文が名宛人にしている相手が行っている行為ではない。米国の現行法でステーブルコインの利息を禁じているのは発行体に対する規定であり、いま預金と競合している利回りは、発行体からは出ていない。
これは立法日程のニュースではない。問われているのは、規制の宛名と資金が実際に流れる経路がどこまでずれうるのか、そしてそのずれを条文の書き足しで閉じられるのか、という設計上の問題だ。
条文が名指ししているのは誰か
2025年7月18日に成立した GENIUS 法(公法119-27)は、第4条(a)(11)で利息の支払いを禁じている。原文はこうだ。
「No permitted payment stablecoin issuer or foreign payment stablecoin issuer shall pay the holder of any payment stablecoin any form of interest or yield (whether in cash, tokens, or other consideration) solely in connection with the holding, use, or retention of such payment stablecoin.」
読むべきは主語である。禁じられているのは「許可された決済用ステーブルコイン発行体、または外国の発行体」が支払う行為であって、保有者が利回りを受け取ること一般ではない。支払い主体が発行体でなければ、この条文は動かない。
規制の書き方としては素直だ。発行体には準備資産の1対1保有が義務づけられており、その準備資産が生む運用益を保有者へ還元させないことで、決済用トークンが預金の代替物になることを防ぐ——という構造になっている。禁止の宛名は、還元の源泉を握っている者に置かれた。
ところが、市場はその源泉を経由しない形で利回りを届ける経路を、すでに用意していた。
銀行団体が404条に求めているもの
7月、米国銀行協会(ABA)と独立系コミュニティ銀行協会(ICBA)、および各州の銀行協会は、上院の Thune 院内総務と Schumer 院内総務に宛てた連名書簡を送った。州の銀行協会の役員およそ130人が署名している。標的は CLARITY 法404条だ。
404条は、預金利息と「経済的または機能的に同等」な報酬を禁じる一方で、活動連動型・取引連動型の報酬は許容する構造になっている。5月に上院銀行委員会が15対9で可決した際の妥協点がここだった。そして許容される側には、報酬額を残高・期間・在籍年数を参照して算定してよい、という含みが残っている。
書簡が求めているのは、まさにその算定基礎の削除である。決済用ステーブルコインの保有・維持・期間・在籍・残高に紐づき、利息または利回りとして機能しうるインセンティブを防ぐ文言を入れてほしい、という要求だ。書簡は「payment stablecoins should serve as transaction tools, not store-of-value products」と述べ、放置すれば「the local funding base that supports this lending could be weakened by hundreds of billions」と警告している。
つまり404条は、同じ経済実態を「禁止」と「許容」の二つの言葉で切り分けており、銀行団体はその切り分け線が実務では消えると見ている。線引きの困難さは立法側も認識していて、法案は SEC・CFTC・財務省による共同規則制定に1年以内で委ねる形をとっている。禁じられる利息類似の収益と、許される活動連動報酬の境界は、法律の文面では決着していない。
ここまでは、条文の内側の話だ。
条文の外側で、すでに売られているもの
第一の経路は、プラットフォームが払う報酬だ。取引所や仲介事業者は、保有残高に応じた報酬を会員プログラムの特典として設計できる。Coinbase は2025年12月15日以降、USDC の報酬を有料会員向けに限定した。報酬を払うのは発行体ではなくプラットフォームであり、名目は預金利息ではなく会員特典である。GENIUS 法の主語からは、この構造は外れる。404条が塞ごうとしているのも、まさにこの層だ。
第二の経路は、そもそも決済用ステーブルコインではない商品群だ。トークン化された米国債・短期金融資産のファンドは、8月24日時点で87銘柄・約156億ドルの残高を持ち、保有者は6万6千を超える。直近7日間の平均利回りは3.39%。上位には Circle の USYC が約29.2億ドル、BlackRock の BUIDL が約25.6億ドル、Ondo の USDY が約21.6億ドル、Franklin Templeton の iBENJI が約17.2億ドル並ぶ。
ここが本筋だ。
これらは証券として組成された商品であり、404条が対象とする「決済用ステーブルコイン」の定義に入らない。利回りは禁じられるどころか、商品の存在理由そのものである。銀行団体が懸念する「価値保存手段としての滞留」は、この層ではすでに設計思想として実装されている。
したがって、404条をどれだけ厳密に書き直しても、第二の経路は射程の外に残る。第一の経路にしても、報酬の算定基礎を条文から削れば、事業者は算定基礎を変えるか、報酬の名目を変えるか、支払い主体をさらに一段外へ動かすことができる。条文が名宛人を指定する方式である限り、名宛人の外側は常に存在する。
政府自身の試算が置いた数字
利回り禁止が銀行の貸出をどれだけ守るのか。大統領経済諮問委員会(CEA)は2026年4月8日、この問いに単純なモデルで答えを出している。
基準シナリオでの結論は、利回り禁止によって増える銀行貸出は21億ドル、率にして0.02%。これに対する純厚生費用は8億ドルで、費用便益比は6.6となる。増加分の76%は大手行に向かい、コミュニティバンクの取り分は5億ドル(0.026%)にとどまる。禁止に最大限有利な仮定を置いた場合でも、増加は5310億ドル(4.4%)、コミュニティバンクで1290億ドル(6.7%)である。CEA はこう結んでいる——「A yield prohibition would do very little to protect bank lending, while forgoing the consumer benefits of competitive returns on stablecoin holdings.」
一方、銀行団体が依拠する試算は逆向きの規模を出す。利回り付きステーブルコインが普及すれば市場は約3000億ドルから2兆ドルへ拡大し、消費者・小企業・農業向けの貸出は5分の1以上減りうる、というものだ。
桁が違う。ただし、両者が嘘をついていると読む必要はない。CEA は「禁止によって得られる貸出増」を測り、銀行側は「解禁によって失われる預金基盤」を測っている。測定対象が逆方向で、前提となる代替弾力性も違う。前提が違えば結論の桁も違う。
立法が選ばなければならないのは、どちらの数字が正しいかではない。どちらの前提が、いま実際に起きている資金移動に近いかだ。そして資金移動は、条文の内側だけで起きているわけではない。
争われているのは宛名であって、流れではない
ここで一段引いて構造を見ると、この攻防は規制設計の古い問題の再演になっている。規制は行為の主体を名指しすることで効力を持つ。だが経済的実態は、主体を入れ替えることで同じ結果を再現できる。名指しと実態のずれは、金融規制が繰り返し直面してきた形だ。
決済用ステーブルコインに固有なのは、そのずれが速く、かつ見えにくいことだ。銀行団体が求める「決済手段と価値保存手段の法的な切り分け」は、口座残高としては観測できない。同じトークンが、同じウォレットの中で、決済の待機資金でもあり運用の待機資金でもある。保有と利用の区別は利用者の意図の中にあり、条文はその意図に触れられない。だから立法は「残高・期間・在籍」という観測可能な代理変数に頼ることになり、事業者はその代理変数を回避する設計に移る。
もうひとつ見落とせないのは、CLARITY 法がもともとステーブルコインの法案ではないことだ。この法案の主題は、デジタル資産の市場構造——どの資産をどの監督機関が扱うかという管轄の整理にある。GENIUS 法で一度決着したはずの利回り論点が、別の法案の通過条件として戻ってきている。争点が本体を人質にとる構図であり、休会入りまでに採決できなかった直接の理由もここにある。
預金からの資金流出そのものは、この法案の帰趨と独立に進むという見方も出ている。スタンダードチャータードは、利回り規制の結論にかかわらず、2028年までに銀行預金から最大1.5兆ドルがステーブルコインへ移りうると試算した(2026年4月時点の報道による)。予測の当否は別として、条文の勝敗と資金移動の方向が同じ軸に乗っていない、という認識は市場側に共有されつつある。
条文の争いに意味がないわけではない。404条の書きぶりは、第一の経路——取引所報酬——の設計自由度を実際に左右する。だが、それは戦線の一部であって全部ではない。
次に見るもの
- 9月14日の上院再開後、CLARITY 法が本会議の議事日程に戻るか。中間選挙までの残り日程が短いため、9月中に動かなければ会期内成立の現実味は大きく下がる
- 404条の文言が修正されるか、それとも共同規則制定へ委ねたまま採決に向かうか。前者なら銀行団体の要求が通った形になり、後者なら境界の確定は規制当局の手に移る
- トークン化国債・短期金融資産ファンドの残高が、この政策論争と無関係に伸び続けるか。条文の外側の経路が拡大していれば、404条の実効性の議論そのものが後退する
- 取引所の報酬プログラムの設計変更。算定基礎や名目の付け替えが起きれば、条文による封鎖が実務でどう吸収されるかの実例になる
【今後の分岐】
Base:9月再開後も利回り条項の調整が続き、CLARITY 法は年内成立と見送りの間で綱引きが続く。条文の外側の経路は、この間も規制の空白のまま拡大する。
Risk:銀行団体の要求に沿って404条が厳格化され、取引所報酬が実質的に閉じられる。ただし証券として組成された利回り商品はそのまま残るため、資金は決済用トークンから運用商品側へ移り、預金への還流は起きない。
Alt:会期内成立を断念し、市場構造の整理が次の議会へ持ち越される。管轄の不確定が長期化し、利回りの是非よりも「どの当局が何を見るのか」の空白のほうが、事業者にとって重い制約になる。
🔗 一次ソース
- GENIUS Act 公法本文(第4条(a)(11) 利息禁止規定)govinfo.gov
大統領経済諮問委員会「Effects of Stablecoin Yield Prohibition on Bank Lending」(2026年4月8日)The White House
ABA Banking Journal「Bankers: Local lending at risk if stablecoin payment of interest loophole isn't closed」(2026年7月28日・連名書簡の内容)ABA Banking Journal
ABA Banking Journal「Senate adjourns with no vote on Clarity Act」(2026年8月8日)ABA Banking Journal
Troutman Pepper Locke「Senate Banking Committee Advances CLARITY Act in Bipartisan Vote」(委員会採決 15対9・法案名 H.R. 3633)Financial Services Hub
crypto.news「The stablecoin yield loophole: Banks vs the CLARITY Act」(404条の禁止部分と許容部分・銀行側試算)crypto.news
RWA.xyz トークン化米国債ダッシュボード(2026年8月24日時点の銘柄数・残高・平均利回り)RWA.xyz
DL News「Coinbase paywalls USDC rewards as Fed cuts interest rates」(2025年12月11日・報酬の有料会員限定化)DL News- DL News「Banks are fighting a sideshow as Clarity Act stalls. Will it matter?」(2026年4月27日・スタンダードチャータード試算)